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03/14
Fri
プロフィール<2>
立命館大学の大学院時代に書いた歴史小説「助け舟」が第1回末川文学賞を受賞しました。選者は梅原猛、高橋和己、真継伸彦の3人でした。梅原猛のことは皆さんご存知でしょう。しかしわたしの青春時代は、高橋和己、真継伸彦のほうが有名で、かつ時代の青春に多大の影響を与えていました。とりわけ高橋和己は、大江健三郎や三島由紀夫と並ぶ、あるいはそれ以上の影響を青春に与えている人気作家だったのです。
そのときの選評
受賞直後に立命館大学がバリケード封鎖され、立命館の全共闘運動が始まりました。民青の諸君が大学の新聞社をとったことから、この末川文学賞もなくなりました。今はどうなっているのか知りません(現在の立命館大学の学生諸君は、この賞の存在自体を知らないにちがいない)が、わたしが最初の、そして最後の受賞者なのだと思います。
全共闘運動のなかでわたしが何を考えたかは、「霙の降る情景」以降の連作「全共闘記」を読んでもらうのが一番いいと思います。
わたしは処女作で末川文学賞をとり、第2作で芥川賞をとるつもりでした。それで第2作の「霙の降る情景」は『文學界』新人賞に応募し、実際、中間発表に残ったのですが、それを知った立命全共闘の書記長から、「もう賞はいいから。それより発表することだ」と婉曲にたしなめられ、そういえば全共闘を書きながら賞を求めるのはヘンなことだと思い、その後は寄稿者に原稿料も払わない吉本隆明の『試行』の姿勢が気に入って、『試行』で作品を発表していくことになります。
母を語る お店に入る
全共闘に影響を受けた青春は、大学を出ると同時に生き方を変えて、世の中に迎合して生きた、といったニュアンスの発言を、当時の大学教師がしています。かれらは警察権力を呼んで教え子を大学から追放した過去を正当化したいのです。しかし、かれらに大学を追われた後も、全共闘は個人の生き様のなかに、様々なかたちで立派に生き続けたのです。テレビに出たり、本を出すことだけが、人生の表現のすべてではありませんからね。
大学院闘争委員会のレポート提出拒否闘争に賛成して大学院を中退した後、東京の中学校を振り出しに、神戸で高校教師をやりました。国語の教師でした。
わたしの教育
こう書いてきて、全共闘を書いていることから随分恐い人間と誤解されそうです。確かに若い頃は随分と恐かったらしい。(わたしのつれあいの声、そして同僚の声)。しかし現在は、そんなこともないと思います。
年相応にまるくなった、と自分でも思います。(なってしまった、というべきか)。現在は、末っ子の娘とインコの世話をするのが楽しい、そしてたまさか意味もなく娘とジャンケンをしては笑い興じる、どこにでもいる、普通のおじさんです。
<完>
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