言葉と
デジタルテクノロジー
(第11回)
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さて、本題に入ります。
B ウェブが文学表現にもたらすもの
(第11回)
ネットで売れた作品は書店でも売れる(2)
ネットストアの作者は、ホームページの他に複数のブログやアフィリエイトを持っていたり、動画投稿共有サイトといったCGM(コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア)に参画していたりします。
その消費者間の情報伝達能力は高度なものです。出版社サイドとしては、この生産するインフルエンサーを、紙の本のPRや商品認知へとつなげていけばいいのです。
出版社は、ネット上の評判作を出版することで、そのもっとも良質の読者(コンシューマー)と労せずして接点を持ち、取り込み、さらに他の出版社にたいして差異化を図り、優位性を持つことになります。
さらに積極的に、インフルエンサーとしての作者に、メルマガや期間限定のクーポンなどの発行を出版社サイドから慫慂して、ネット上の売上増加が単行本の売り上げ増加に繋がるような協同のダイナミズムを追求したらいいのです。
サイト訪問者は、サイトと実店舗の間を往来しており、ネットで単行本の存在を知って、実店舗に購入に赴く客もいるからです。
このネットストアと実店舗の相乗効果の成功例として、書籍の販売ではありませんが、「良品計画」を紹介しておきます。
「良品計画」(無印良品ネットストア)
<続く>
(第12回)
ネットで売れた作品は書店でも売れる(3)
自明のことを述べるのですが、文学作品は、本質的に作品の水準のみで評価されるべきです。
ネットはその本質的なありように向けて限りなく物書きを解放してくれました。
ネット上の表現は常に読者と直接に向き合っており、資本や宣伝の巨大さよりも、むしろイノベーションの深さで決まるところがあります。
そこが、ネットは本質的に公平であり、弱者(コネや金がないうえに、正直者で付き合い下手といった、多くの芸術家)にとって解放の武器になるというゆえんです。
パソコンが登場してきた初期に、物書きにとってこれはたんなる清書機ではなく、発想のツールにもなりうるのだとわたしは考えていました。いわゆるアイデアプロセッサ的な機能を指していったのですが、パソコンがネットに進出することによって作品の販売のツールにまで成長しました。
このことの意味は決定的に大きいとわたしは考えています。
主導権が出版社や編集者から、作家と読者との直の関係に移ってきたのです。これを活かさない手はありません。
最後にひとつアドバイスをしておきます。
あれこれ思い悩む前に、まずやれ、ということです。
これは多くのプロのブロガーがいっていることです。ネット上の表現に関しては、考える前にまずブログを作ってしまえ、そして表現してしまえ、それから考えろ、というのでいいと思います。
これはわたしの場合は自戒の意味を込めていうのです。わたしも、実際にやる前にあれこれ考えるタイプです。そしてなかなか実行にいたりません。
これではまずいので、とにかく無料ブログをひとつ作ってください。そして何か書き込んでください。それからあれこれ手直しをやってください。
これでいいのです。この手直しはこれから休むことなく続きます。だから事前に考えなくても、走りながら考えたらいいのです。
それからもうひとつ重要なアドバイスを。
もし、ブログを作ってしまってから、もうやめようと思っても、削除せずにそのままにしておくことをお勧めします。
せっかく作ったサイトです。検索エンジンはすでにあなたのサイトを認識しています。そのうちまたあなたの気持ちがかわるかもしれませんし、違った活用の仕方を気付くかもしれません。
<続く>
神奈川県立神田高校の「裏基準」高校入試
| 状況の中のメディア | 神奈川県の県立高校の入試で、本来ならば合格圏内の受験生を、服装の乱れなどの「裏基準」で不合格にしていたとして、学校側が謝罪し、校長は事実上更迭されることになった。 | まずは事件の概要を紹介する。
神奈川県立神田高校(平塚市)は、渕野辰雄校長が赴任するまで、たいへん荒れた高校だった。退学者が年間100人以上出ていたという。 それを校長の渕野辰雄の取り組みで激減させた。
校長の渕野辰雄は語っている。
「大人への不信感を持つ子が多く、生徒指導に苦慮していた。教諭の負担を軽減したかった」
「真面目な生徒を多く取り(入学させ)たかった」
渕野の取り組みのひとつは、願書提出時、さらに受検時の服装や態度の悪い中学生を不合格にするというものだった。
ところがこれに反発する学校関係者の内部告発(新聞報道)があって、神奈川県教育委員会(教育委員長 宮崎緑 教育長 山本正人)は29日、渕野辰雄校長(55)を11月1日付で県立総合教育センターの専任主幹に降格させた。(表向きは異動)
神田高校の、態度や服装という「裏基準」によるチェックは、05、06、08年度入試で行われていて、その結果、22人の中学生が不合格になっていた。
内部告発(組織的なものだとわたしは思っている)は08年7月にあり、県教育委員会は08年9月末まで調査を続け、教育委員長宮崎緑(教育長山本正人)は校長の降格で臭い物に蓋をして、幕引きを謀ったわけだ。
以下、この問題へのわたしの意見を述べる。
1 最初にいっておくが、これほど情熱的に学校改革をやる校長はいないということだ。どれほどやる気のない、無能力で、いい加減な連中が校長になって、組合とつるんで、日本の教育を蝕んでいるかを、世間もメディアも知らないのである。
まれにこういう校長が出てくると、県教委やマスコミが寄ってたかって叩く。ほとんどは空虚な手続き論や、現状を無視したタテマエ論である。 その結果、もうどの校長も、それ見たことかと、こんな懸命な取り組みをしなくなるのだ。適当にやって、次の天下り先を目指せば県教委も組合もマスコミも何もいわないからだ。
2 退学者が年間100人以上出ていたことを、もちろん県教委(宮崎緑教育委員長 山本正人教育長)は知っていた。校長は逐一報告しなければならないからだ。そしてそれが校長を先頭にした教師たちの懸命の取り組みで激減したことも知っていた。もし知らなかったとすれば、とんでもない職務怠慢である。教育委員会は要らないという、全国の教員が思っていることを証明することになる。
教育委員会にたいしては、以前から様々な分野から廃止論や縮小論、改革論が起きている。 くわしくは教育委員会(ウィキペディアリンク)を参照。
つまり、これはトカゲのしっぽ切りなのである。 宮崎緑や山本正人は、まるで他人事のようなコメントを出して済むような問題ではない。
渕野辰雄のような校長はほんとうに得難い人材なのである。年間100人の生徒が退学していたという。
メディアはこの数字の深刻な意味がわかっていない。県教委の言い分通りに記事を書いたのは若い記者だったのだろう。教育問題はもっとベテランの記者が書かないとだめなのだ。逃げているのではないかと思う。
これは2クラス半ほどの人数である。異常事態が常態化していたわけだ。退学者(中退者)のなかには、あまりにも学校が荒れていて、勉強ができないので辞めていった生徒もいたと思われる。
ここでも加害者がいい子になる、保護される、倒錯した論理がまかり通っている。学校で暴れまくり、勉強できない空間にした生徒は保護され、勉強ができない環境に絶望して辞めていった生徒は無視される。あまつさえ、立ち上がった校長は手続きがよくないなどと、難癖をつけられて降格されるのだ。組合はさぞかし喜んだことだろう。
学校近辺の店では、その高校の生徒の来店を禁じていたという。なぜだか、おわかりだろうか。万引き、喫煙、喧嘩が店で起こり、店主が注意すると、逆に店主がやられるからだ。
わたしも神田高校に似た高校で、似たような体験をしたから、よくわかるのである。 わたしの場合は、学校近辺の店主が万引きを見つけて注意すると、生徒と喧嘩になっていた。店主は、証拠の防犯カメラの写真をもって学校に抗議にやってきたものだ。神田高校の場合、出前を断る店もあったという。
もちろん、その実態は県教委に報告されており、宮崎や山本は、そして前任の教育委員長・教育長もその深刻な現実になんら有効な手を打って来なかったのである。もし有効な手を打っていたのなら、今からでも遅くないから記者会見を開いて、ぜひとも施策の数々を聞かせてほしいものだ。
メディアはなぜそこを追及しないのであろう。もっとも神奈川県の教育に責任を負うべき者は宮崎緑と山本正人ではないか。この者たちの責任は問わないのか。 大阪の橋本府知事も教育改革に熱心である。メディアは人気者ばかり追わずに、せめて半分の情熱をこの神田高校問題に注ぐべきではないか。それともあまりにも具体的で深刻な問題は恐いのだろうか。
制度上の改革は県教委単位で出来る。それをやらずに、野放しにし、立ち向かった校長を実質的に降格させ、教育委員長や教育長はのうのうと任期の全うを目指す。 ここにこそ現在の日本の教育の根本的な病巣のひとつが存在している。
宮崎緑と山本正人よ、あなた方はどういった自分の過去を前提にして人を裁いているのか。人を裁く資格がほんとうにあるのか。真っ先に責任を負うべきはあなた方ではないか。というより、あなた方はほんとうに子供が好きで、教育に情熱をもっているのか。教育委員長や教育長になったら、これとこれをやろうというポリシーがあって引き受けたのか。全国の教育関係者のトップには、この根元的な問いを問わなければならない人間が多すぎる。
宮崎と山本よ、あなた方が今やらねばならないことは、神田高校を抜き打ちで何度も訪問し、普段着の神田高校の実態を掌握し、教職員の苦しみを聞き取り調査し、さらに近辺の評判を聞いて回り、あなたたちの出た高校とはまったく違う世界が存在することをまず知ることだ。そこから迅速に具体的で有効な施策を打つことだ。 教育長の暖かいイスにふんぞり返っていては何もわからない。これで終わったと思っているのではないか。
3 メディアの論調で目立つのは、入試の前に裏基準を公表しておくべきだったというのがある。 現実を知らないとしかいいようがない。
すでに中学校は、一般的に受検時の服装などについては、徹底した指導を繰り返している。 日本中のどの中学校でも、せめて高校入試の当日ぐらいは真面目な装いで受検するように指導しているのである。つまり、不合格になった22人はそれをも無視したような猛者だったのである。
また、裏基準を公表した結果、かりにそれに合わせた生徒がいても、いざ入学した後に校則違反を繰り返し始めるだけである。それが現実なのだ。
4 メディアの論調では、成績がよければ、一度合格させて、校則を守らない生徒はその後に指導すべきである、それが教育の使命である、というのも目だった。県教委のいうとおりのことを書いている。 総合学習を考えついたのも、現実知らずのこの種のおめでたい連中だったのであろう。
メディアに登場した知識人のわかっていないことがある。 基本的な生活指導の乱れについては、中学校でとっくにやっており、もちろん小学校でもやっている。それでも立ち直れないほど病巣は深く、教員の苦しみは深いのだ。
若いということは、純粋ということではない。落ちた22人の生徒は、中学校の担任や生徒指導担当教師の説諭などまったく聞く耳などもたない生徒であることを、ぜひとも知ってほしい。そこが議論の出発点なのだ。
5 中学校の指導を聞かなかった生徒は、当然小学校の指導も親の注意も聞かない。高校の指導も聞かないのである。
それは教師の力が足りないから、あるいは親の力が足りないから、というであれば、1ヶ月でいいから、放課後なりに、その手の生徒を説諭してみるがいい。
本も読まない、教師のいうこともきかない、若くして崩れた感性がもっとも影響を受けているのはテレビであり、日本の政治の貧困から来た家庭の経済的困窮である。 そしてこのふたつとも教師にはいかんともし難いのだ。
高校に入ったら、崩れた青春は、孤立して生きるわけではない。教師の指導を跳ね返すほど強いわけであるから、当然、まわりの生徒に影響を与え始める。
仲間を3人作ったら、それは3人では終わらない。その3人の影響を受けて、あちこちで授業中にお喋りをする、立ち歩く生徒が出てくる。たとえ数カ所であろうと、私語が常態化すると、授業は成立しなくなり、クラスは崩壊してゆく。
3人はそのクラスに留まらない。やがて他のクラスの仲間と呼応して10人になり、15人になる。かれらは休憩時間毎に廊下にたむろし、昼休みには人の来ない穴場で喫煙を始める。下校時には学校近辺の店や公園などで喫煙する。万引き、窃盗を繰り返す。そして学年が崩壊してくる。
あちこちでクラス経営がなりたたなくなる。授業が成立しなくなる。女の先生で追いつめられて辞める人が出てくる。
そういう女の先生を、そして若い男の先生をわたしは何人も見てきた。 ほとんどの校長はその現実に立ち上がらない。見て見ぬふりをして、朝礼で一言、「一身上の都合でお辞めになりました」と報告してお終いである。
6 渕野辰雄の取り組みは成功していた。 渕野は中退者の数を激減させており、ここには是非とも教育関係者に刮目してほしい秘密が隠されている。
つまり校長の姿勢ひとつで学校は変わるのである。組合という守旧派に足を引っ張られながら、多くの犠牲を払って、ヒラの有志が立ち上がることもない。 現場のトップ(校長)がその気になるだけで、多くの改革が達成されるのである。大阪の橋本知事がわかっていないところ、ずるいところはここにある。教育委員会など叩いてもあまり意味はない。ほんとうは校長会に出かけて議論しなければならないのだ。金は使わなくていい。校長を動かせば確実に学校は変わるのだ。
組合も、校長のやることならそれほど反対はしない。闘う組合員もまだ少しはいるが、多くの組合は権力の仲間であり(「ダメな校長ほどありがたい」と彼らが陰で呟くのはそのためである)、体制の補完物に成り下がっているから、校長が立ち上がれば反対などしないのである。
そういえば、今どき、日教組敵論を口走ってクビになった時代錯誤の大臣がいた。あの発言に、一番驚いたのが組合員だったことは間違いない。
渕野辰雄がただのヒラで、自分の理論を対象化させようとしたら、どんなに時間と精力を注いでも成功しなかったと思われる。マスコミも取り上げなかったと思う。
ダメな首相の下では国が滅ぶ。 ダメな将軍の下では兵士が死ぬ。 ダメな社長の下では失職が待ちかまえている。 ダメな校長の下では、サボりが横行し、改革など叫ぶまともに教師はまず組合に叩かれる。まるで校長に迷惑をかけるな、といわんばかりだ。多くの校長はその黒い誘惑に乗る。個人の正しい試みに乗るより、全国組織の何もするな、という黒い誘いに乗った方が、安泰だからだ。55年体制はまだ社会の末端では生きているのである。
これから神田高校は以前の荒れた高校に戻るだろう。次の校長は首をすくめて、けっして同じことをしない。なぜなら、日本のほとんどの校長は教育者ではなく、ただの行政官僚にすぎないからだ。 食い荒らした後は、もはやメディアも文科省もこの問題に関心すら示さない。 宮崎緑と山本正人は次の天下り先で口笛でも吹いていることだろう。
渕野辰雄よ、あなたのやったことは決して無駄ではない。もしあなたがいなければ、辞めていた何百人の生徒がいたことだけは確かなのだ。生徒が、保護者が、そして歴史が、あなたと、宮崎・山本の、どちらを教育者と呼ぶかははっきりしている。 せめてあなたに見えない花束を贈呈する。 | | | |
懐かしの京都!
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毎日のように通った河原町三条の喫茶店六曜社。
あの人は今どうしているのかしらん。
京都府京都市中京区河原町通大黒町35.008166135.76957512G_NORMAL_MAP400400true懐かしの京都。河原町三条通りに面した喫茶店六曜社。学生時代に毎日のように通いました。あの人は今どうしているのかしらん。http://maps.google.co.jp/mapdata?cc=jp&w=400&h=400&latitude_e6=35008166&longitude_e6=135769575&zm=25600 |
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